労基法22条の本来の趣旨と[モデル退職証明書]

労基法22条(退職時等の証明)のモデル書式が厚生労働省から示されていますね(厚生労働省・主要様式ダウンロードコーナー・「退職事由に係るモデル退職証明書」様式(PDF:84KB))。各都道府県労働局の法令様式のwebサイトでもよく目にします。

労働基準法(退職時等の証明)
第22条 労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあっては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。
2 労働者が、第20条第1項の解雇の予告がされた日から退職の日までの間において、当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。ただし、解雇の予告がされた日以後に労働者が当該解雇以外の事由により退職した場合においては、使用者は、当該退職の日以後、これを交付することを要しない。
3 前二項の証明書には、労働者の請求しない事項を記入してはならない。
4 使用者は、あらかじめ第三者と謀り、労働者の就業を妨げることを目的として、労働者の国籍、信条、社会的身分若しくは労働組合運動に関する通信をし、又は第1項及び第2項の証明書に秘密の記号を記入してはならない。

taishoku_shoumei001

 

内容を拝見すると、退職理由に関することだけですね。さてさて・・モデル退職証明書はどのようないきさつから出てきたのでしょう・・平成15年に次のようなものがありました。

労働基準法の一部を改正する法律案に対する附帯決議 平成15年6月26日 参議院厚生労働委員会
一 政府は、次の事項について適切な措置を講ずるべきである。
5 就業規則への解雇事由の記載や退職理由の明示について、モデル就業規則や退職証明書の文例を作成し、普及に努めること。特に、労働基準監督署による相談の際、改正の趣旨を踏まえ、就業規則のチェック等の指導を徹底すること。併せて個別労使紛争解決制度との連携に努めること。

う~ん、なるほど…平成15年労基法改正のときに、「改正の趣旨を踏まえたモデル退職証明書」を作るようにするようになったわけですね。それでは、平成15年労基法改正のときの「退職時証明」の趣旨はなんだったのでしょうか?

労働基準法の一部を改正する法律の施行について(平成15年10月22日・(基発第1022001号)
第2 解雇(法第18条の2、法第22条第2項、法第89条、則第5条関係)
2 退職時等の証明(法第22条第2項関係)
(1) 趣旨
解雇をめぐる紛争を未然に防止し、その迅速な解決を図ることを目的として、現行の退職時証明に加えて、解雇を予告された労働者は、当該解雇の予告がなされた日から当該退職の日までの間においても、使用者に対して当該解雇の理由を記載した証明書の交付を請求できることとし、当該請求があった場合には、使用者は、遅滞なく、当該解雇の理由を記載した証明書の交付をしなければならないこととしたものであること。
(3) 記載すべき内容
「解雇の理由」については、法第22条第1項に基づく請求における場合と同様に、具体的に示す必要があり、就業規則の一定の条項に該当する事実が存在することを理由として解雇した場合には、就業規則の当該条項の内容及び当該条項に該当するに至った事実関係を証明書に記入しなければならないものであること。

平成15年改正時の趣旨は、解雇の紛争防止、迅速な解決のために、本人希望があった場合「解雇の理由」を記載した証明書の発行を会社に義務づける、となっています。これが現行のモデル退職証明書に反映されていますね。しかし、他の証明事項がすべて抜け落ちています。ですから、この通達で触れている内容だけで現在のモデル退職証明書を作っているのは明らかです。

しかし、労基法22条の趣旨の肝(キモ)は、「労働者の再就職活動に資するため」と考えます。平成11年労基法改正のときの「退職時の証明」に関する通達を見てみましょう。この11年改正前は、退職時証明は「使用期間」「業務の種類」「地位」「賃金」に限定されていました。

労働基準法の一部を改正する法律の施行について(平成11年1月29日・基発第45号)
第3 退職時の証明(法第22条第1項関係)
1 趣旨
解雇や退職をめぐる紛争を防止し、労働者の再就職活動に資するため退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあっては、その理由を含む。)を退職時に証明すべき事項として追加したものであること。
2 記載すべき内容
「退職の事由」とは、自己都合退職、勧奨退職、解雇、定年退職等労働者が身分を失った事由を示すこと。また、解雇の場合には、当該解雇の理由も「退職の事由」に含まれるものであること。
解雇の理由については、具体的に示す必要があり、就業規則の一定の条項に該当することを理由として解雇した場合には、就業規則の当該条項の内容及び当該条項に該当するに至った事実関係を証明書に記入しなければならないこと。
なお、解雇された労働者が解雇の事実のみについて使用者に証明書を請求した場合、使用者は、法第22条第2項の規定により、解雇の理由を証明書に記載してはならず、解雇の事実のみを証明書に記載する義務があること。

この平成11年通達のときまでは、趣旨に「労働者の再就職活動に資する」ということが入っていますね。15年通達にはこれが入っていませんから、15年通達の内容だけに限定してモデル退職証明書を作ると、厚労省が今公開しているような内容のものになりますね・・。

さて、退職した人が、次の仕事をさがすとき、有力な武器となるのは職歴や経験ですよね。募集する会社のほうでも、即戦力が欲しいのが当然ですから、何ができる人なのか、については興味津々です。履歴書や職務経歴書に職歴、経験を書いて提出しただけよりも、前職の会社から「勤務した期間」「担当していた仕事」「職場での役職や地位」「給料およびその中身」は、こうでした!とお墨付きがあったほうが、再就職に有利に働くのではなかろうか・・と思えるのです。

実際、キャリアを活かした仕事に就こうとするとき、入社後の給料について会社とのやり取りも生じることもあるでしょうし、そういうときに応募者の方が述べる情報が確実であることをバックアップするのが、労基法22条本来の「退職時等の証明」の本来のありようでしょう。

ここでもう一度、厚生労働省・主要様式ダウンロードコーナーをよく見ると‥しっかりと「退職事由に係るモデル退職証明書」と書いてあることに気づきます。労基法22条で限定列挙されている5つのうちの4つ、「使用期間」「業務の種類」「その事業における地位」「賃金」を省いて、平成11年・15年改正で追加になった「退職の事由」だけに絞り込んだモデル退職証明書になっています。ですから、会社ではこれをそのまま使うのはまずいですね。4/5がないから・・。

そう考えると各都道府県労働局のwebサイトでダウンロードできるようになっている「退職証明書」は書式名(タイトル)に「退職事由に係るモデル~」との表記がありませんから、都道府県労働局webサイトからDLした場合は、それが退職証明書のすべての法定記載事項だと早合点しがち・・。

会社で用意しておく退職証明書のテンプレート(Word等)は、前述の労基法22条の限定列挙法定記載事項すべてを盛り込み、退職する方が希望しない記載事項を都度削除して証明書を作成するというのが、もっとも望ましい退職証明書テンプレート(Word等)のあり方だと考えられますね。